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流派にみる伝統派空手の真髄 沖縄空手の三大系統

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沖縄空手 三大系統・流派 流派やスタイル
沖縄空手 三大系統・流派
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沖縄空手の三大系統について紹介したいと思います。

沖縄空手は、琉球王国時代には唐手として発展し、首里手那覇手泊手の3つの地域的な系統に分かれていました。

首里手、那覇手、泊手の3つの系統は、戦後に一般的に使われるようになった概念です。琉球王国時代には、これらの明確な区別は行われておらず、唐手は地域によって異なる特徴や技法を持つものとして認識されていました。

しかし、戦後に空手が広く普及するにつれて、各地域の特徴を整理し、3つの系統に分類するようになりました。この分類は、あくまでも概略的なもので、厳密な区別はありません。

それぞれの系統、流派には、礼儀正しさ、精神統一、鍛錬の重要性など、共通する精神や哲学があります。

沖縄空手系統図
空手三大系統

首里手系 琉球王国の武道の系譜

首里手系は琉球王国の唐手から発展し、琉球王府があった首里に住む首里士族によって継承・発展されました。この系統は政治の中心である首里の士1たちによって受け継がれた武術です。首里手は柔軟性を重視しているとされています。代表的な首里手の型にはナイファンチ、パッサイ、クーサンクーなどがあり、多くの空手家がこの系統から派生しています。首里手を継承する流派には小林流(しょうりんりゅう)、松濤館流(しょうとうかんりゅう)、糸東流(しとうりゅう)などがあります。

小林流(しょうりんりゅう 又は こばやしりゅう)

小林流は同音・類音の少林流や松林流、少林寺流といった他流派や、少林寺拳法や少林拳などの他の武道・武術と区別するため、コバヤシリュウと呼ばれることもります。沖縄三大流派(剛柔流、上地流、小林流)の一つです。小林流の歴史は、明治時代の沖縄にまで遡ります。開祖の知花朝信2(ちばな ちょうしん)は、首里手の大家である東恩納寛量(ひがおんな かんりょう)に師事し、首里手系の型や技を継承しました。知花朝信は、空手の普及と指導に力を注ぎ、沖縄空手の伝統を守り発展させるために尽力しました。

(参考記事 「空手界を牽引したレジェンド 知花朝信(ちばなちょうしん)」

知花 朝信(ちばな ちょうしん、1885年6月5日 - 1969年2月26日)
知花 朝信(ちばな ちょうしん、1885年6月5日 – 1969年2月26日)

小林流の特徴は、以下の通りです。

  • 首里手系の流派であり、流麗で、しなやかな動きが多い。
  • 手刀や突きなどの打撃技を重視する。
  • 型と実戦の技術が密接に関連している。

小林流は型を重視する流派であり、ナイファンチクーサンクー五十四歩(ゴジュウシホ)などの基本型を大切にしています。小林流は、沖縄県を中心に世界中に広く普及しています。

松濤館流(しょうとうかんりゅう)

松濤館流は、船越義珍3(ふなこし ぎちん)が創始した流派で現代空手道の源流とされています。船越は沖縄県出身の空手家であり、初めて当時の唐手を本土に紹介しました。「唐手」を「空手」に改名してのも船越といわれています。彼は松濤館流の事実上の創始者であり、本土での空手普及に大きな功績を残しました。松濤館流は型と実戦の技術をバランスよく取り入れた流派であり、全世界に広く普及しています。
(参考記事「空手界を牽引したレジェンド 船越義珍(ふなこし ぎちん)」

船越 義珍(ふなこし ぎちん、1868年12月23日〈明治元年11月10日〉 - 1957年〈昭和32年〉4月26日)
船越 義珍(ふなこし ぎちん、明治元年11月10日 -昭和32年4月26日

松濤館流の特徴は、以下の通りです。

  • 型と組手(実戦)をバランスよく取り入れている。
  • 型の動きから生まれる力を重視する。
  • 実戦で役立つ技術を身につけることができる。

松濤館流の型は、空手道の基本型である「平安」「抜塞」「観空」「鉄騎」「半月」「十手」「燕飛」「岩鶴」「慈恩」の9型に加え、松濤館流独自の型も数多くあります。

糸東流(しとうりゅう)

糸東流は、摩文仁賢和(まぶに けんわ)が創始した流派です。型の動きから生まれる力を重視する流派であり、独特の呼吸法や鍛錬法が特徴です。首里手と那覇手の両方の流れをくんだ、型が非常に美しい空手です。守りを特に重視するこの流派には、相手の攻撃を受け流してから反撃する特徴があります。そして技術には、突きや蹴りの他に、投げや逆技も含まれています。

摩文仁憲和 MABUNI Kenwa
摩文仁-賢和(まぶに-けんわ、1889年(明治22年)11月14日-1952年(昭和27年)5月23日)

糸東流の特徴は、以下の通りです。

  • 首里手と那覇手の両方の流れをくむ:型や技に、首里手と那覇手の特徴がバランスよく取り入れられている。
  • 守りを重視する:相手の攻撃を受け流してから反撃する。
  • 型と実戦の技術をバランスよく取り入れている:型の動きから生まれる力を重視し、実戦で役立つ技術を身につけることができる。

糸東流の型は、首里手系の基本型である「パッサイ」「サンチン」「クーサンクー」に加え、糸東流独自の型も数多くあり、型の動きから生まれる力を重視した鍛錬を行っています。

那覇手系 伝統の百姓手

那覇手は14世紀末に閩人三十六姓(びんじんさんじゅうろくせい と読む。14~15世紀に沖縄に渡来した中国人のこと)が移住し、琉球王国の歴史を通じて外交や貿易で活躍した後、中国武術から独自に発展しました。百姓手として知られ、筋骨を鍛えたパワー重視の三戦(サンチン)が特徴です。起源は明確ではなく、湖城家(こじょうけ)やその他の士族によって伝承されました。東恩納寛量(ひがおんな かんりょう)は後継者の一人であり、彼の弟子には宮城長順4、許田重発、摩文仁賢和などがいます。現在、那覇手は主に東恩納寛量の系統に基づいていますが、沖縄拳法や劉衛流も一部含まれています。

剛柔流(ごうじゅうりゅう)

宮城 長順(みやぎ ちょうじゅん、1888年4月25日 - 1953年10月7日)
宮城 長順(みやぎ ちょうじゅん、1888年4月25日 – 1953年10月7日)

剛柔流は沖縄三大流派(剛柔流、上地流、小林流)の一つです。剛柔流は、那覇手の創始者東恩納寛量に師事した宮城長順が創始者です。宮城は那覇手系の型や技を継承し、剛柔流と命名。沖縄を離れ日本内地へも空手の普及と指導に力を注ぎ、沖縄空手の伝統を守り発展させるために尽力しました。
剛柔流は型と実戦の技術をバランスよく取り入れ、実戦で役立つ技術を身につけることができる流派です。沖縄空手の中で最も多くの会員を擁する流派です

剛柔流の特徴は、以下の通りです。

  • 力強く、直線的な動きと、しなやかで曲線的な動きを組み合わせる。
  • 型と実戦の技術が密接に関連している。
  • 科学的トレーニングを含めた練習体系が特徴。

剛柔流の型は、那覇手系の基本型である「パッサイ」「サンチン」「クーサンクー」に加え、剛柔流独自の型も数多くあります。

剛柔流は沖縄空手の伝統を守りながら、現代にも通用する空手を目指して指導を行っています。型と実戦の技術をバランスよく取り入れ、実戦で役立つ技術を身につけることができる流派です。

東恩流(とうおんりゅう)

東温流の開祖は東恩納寛量の高弟の一人であった許田重発(きょだ じゅうはつ)です。東恩流の歴史は大正時代に遡ります。開祖の許田重発は、那覇手系の型や技を継承し、東恩流という流派を創始しました。許田重発は、自衛隊の空手指導をきっかけに、東恩流という流派を名乗るようになりました。

宮城長順と組手練習をする若き日の許田(右)
宮城長順と組手練習をする若き日の許田(右)

東恩流の特徴は、以下の通りです。

  • 力強く、直線的な動きと、しなやかで曲線的な動きを組み合わせる。
  • 型と実戦の技術が密接に関連している。
  • 型の動きから生まれる力を重視する。

東恩流の型は、那覇手系の基本型である「パッサイ」「サンチン」「クーサンクー」に加え、東恩流独自の型も数多くあります。

東恩流は、沖縄県を中心に全国に広く普及しています。

泊手系 琉球王国の貿易港で磨かれた武技

泊手系は琉球王国の唐手から派生し、泊村(現在の那覇市)に住む者たちが中国や朝鮮からの漂着人から技術を吸収して発展しました。当時、泊は琉球の第二の貿易港であり、多くの中国人などが貿易活動に参加していました。この環境により、泊手は外来文化の影響を受けながら、片脚立ちの不安定な立ち方を特徴とする独特の入り身技を発展させました。その技術は首里手との類似点も見られます。代表的な型にはナイファンチ、パッサイ、ワンカン、ワンシュー、ローハイ、チントウが含まれ、空手家としては照屋規箴、宇久嘉隆、松茂良興作、親泊興寛などがいます。現在、泊手は本部流、松林流、少林寺流、泊手空手道協会(剛泊会)、松茂良流興徳会などの流派で受け継がれています。

本部流(日本伝流兵法 本部拳法 )

ナイファンチを演じるする本部朝基
ナイファンチを演じるする本部朝基

空手にはもともと流派が存在せず、現在の流派はすべて大正・昭和以降に命名されたものです。その中でも本部流は最も古い歴史を持ちます。流派の命名は大正時代に大阪で道場を開いていた本部朝基5(もとぶ ちょうき)によって行われました。本部朝基は1920年代から空手の指導に携わり、大正11年のボクシング対柔道の興行試合での活躍をきっかけに沖縄の空手が注目されるようになりました。彼は大阪や東京で道場を開き、多くの弟子を育てました。

本部流の特徴をまとめると、以下のようになります。

  • 力強さ:力強く、直線的な動きを重視する。
  • 受けや払いの技の重視:受けや払いの技を重視し、実戦で役立つ技術を身につけることができる。
  • 型と実戦の融合:型の動きから生まれる力を重視し、実戦で役立つ技術を身につけることができる。

本部流の型は、泊手系の基本型である「ナイファンチ」「パッサイ(松茂良、親泊等)」「ワンカン」「ワンシュウ」「ローハイ」に加え、本部流独自の型も数多くあります。
本部流は、泊手系の代表的な流派です。力強く、直線的な動きを重視する流派です。受けや払いの技も重視しており、実戦で役立つ技術を身につけることができます。

松林流(しょうりんりゅう)

松林流は、沖縄県出身の警察官である長嶺 将真(ながみね しょうしん)によって創設された空手の流派です。長嶺将真は昭和時代を代表する空手家の一人であり、空手史研究家としても有名です。

松林流の特徴は、以下の通りです。

  • 首里手系と泊手系の両方の流れをくむ。
  • 型と実戦の技術をバランスよく取り入れている。
  • 型や技に、沖縄古武術の特徴が取り入れられている
長嶺 将真(ながみね しょうしん
長嶺 将真
Okinawa-ken Ryu, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, ウィキメディア・コモンズ経由

上池流(うえちりゅう) 唐手の系譜を辿る異端なる流派

ここにもう一つ 沖縄空手の三大系統には属さない代表的な流派「上地流6」も紹介しておきます。
上地流は、創始者の上地完文が中国へ渡り、そこで武人周子和から学んだパンガヰヌーン(半硬軟)拳法に基づいています。この流派は、首里手や那覇手、泊手といった沖縄武術の系統ではなく、本来の意味での唐手の系譜を継いでいると言えます。

上地完文(1877~1948年)
上地完文(1877~1948年)


上地流は、三戦(サンチン)の型を特に重要視し、これによって構え、体の使い方、呼吸法の基礎を築いています。同時に、全身の筋肉を鍛え、打撃に対する耐性を高めます。この流派は、指先や足先を活用する技術が多く、伝統的なパンガヰヌーン拳法の型には通常の拳ではなく、四本貫手や拇指拳(親指を曲げて打つ)などが多用されます。
上池流系の代表的な型としては、ジオン(自然)、ジッテ(十手)、ジオンク(自然公)、ジッテク(十手公)、ジオンクダイ(自然公大)などがあります。

歴史的には浅いが、首里手、那覇手、泊手などの先輩流派に追いつくために努力し、四世代目に至る上地流空手道は、先人たちの努力と汗が宿る歴史を背負っており、ますます発展を続けています。

まとめ 本土への架け橋  沖縄伝統空手の学びと展望

以上が、沖縄空手の3大系統及びその流れをくむ流派の概要です。 本土への普及後、近年でいわれる主要流派は、4大流派と称し、松濤館流、剛柔流、糸東流、和道流7の名が知られる様になっています。ここではこれらの基となった沖縄の地域別に発展した型の3つの系統、及びその分派過程から見た数ある中のほんの一部の流派を紹介しました。 沖縄空手は、それぞれに大なり小なり異なる特色や魅力がありますが、どれも沖縄の歴史や文化を反映した貴重な武道です。
沖縄の伝統空手の探求は、後に本土で展開された異なる流派を学ぶ者にとっても重要な学びをもたらすと考えられます。伝統空手の基本的な理念や思想に立ち返ることは、重要であり、そのような取り組みには大きな価値があると言えるでしょう。

  1. 松村宗棍もその中一人です。参考記事 「松村宗棍  琉球王国の偉大な武術家の伝説」 ↩︎
  2. 参考記事「空手界を牽引したレジェンド 知花朝信 ↩︎
  3. 参考記事「空手界を牽引したレジェンド!【 船越義珍 】ふなこし ぎちん ↩︎
  4. 参考記事 「空手界を牽引したレジェンド 宮城長順(みやぎちょうじゅん)」 ↩︎
  5. 参考記事「衝撃! ボクサー撃破の伝説 偉大な空手家 本部朝基の偉業 ↩︎
  6. 参考記事「上地完文の遺産 異彩輝く上地流の誕生 ↩︎
  7. 和道流は、大塚博紀が創始した空手道と柔術も取り入れた流派です。1929年に創始され、現在は世界中に約100万人の門下生がいるとされています。 ↩︎

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