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空手界を牽引したレジェンド 宮城長順(みやぎちょうじゅん)

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宮城長順 偉大な空手家たち
宮城長順
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映画 「ベスト・キッド」のモデルといわれる巨匠

ベスト・キッド(KARATE KID)
Karate-Kid
Helgi Halldórsson from Reykjavík, Iceland, CC BY-SA 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0, ウィキメディア・コモンズ経由

宮城長順は、空手の歴史において最も影響力のある先駆者の一人です。
1984年に公開され大ヒットとなった映画「ベスト・キッド」(原題「KARATE KID」)の少年 ダニエルの師匠「ミスター・ミヤギ」と呼ばれる登場人物のモデルとも言われています。

彼は、沖縄の伝統的な空手を日本本土に広め、現代の空手の基礎を築きました。彼の生涯と業績について紹介します。

宮城長順は、剛柔流の創始者であり、空手の四大流派の一つとして知られています。彼の功績は以下のようにまとめられます。

幼少期からの師事と修行

1888年4月25日、日本の沖縄県那覇市東町に生まれた宮城町順は、幼少期から新垣隆功に師事し、後に東恩納寛量の指導も受けました。1915年には中国の福州で武道修行を積み、それ以降も武術の研究に尽力しました。

近代的な空手道の確立

宮城長順は、伝統的な空手の技術と自身の研究を統合し、体育的・武術的効果と合理性・科学性を取り入れた近代的な空手道を確立しました。彼は唐手を剛柔流と名付け、その名は拳法書『武備誌1』の中で説かれる「法剛柔呑吐」<ほうごうじゅうどんと>(法は剛柔を呑吐す)から由来しています。
宮城長順は、伝統の空手道が実戦を重視し、教育的に問題があると考え、新たな形「六機手(ろっきしゅ)」と柔の形「転掌(テンショウ)」を研究・創始しました。これらは中国南拳の要素を取り入れ、急所突きの手法を組み込んでいます。また、「三戦(サンチン)」と「転掌(テンショウ)」は剛柔流空手道独自の基本形であり、気息の呑吐法や指筋骨の締め方が含まれた特有の鍛錬法があります。これらの鍛錬法を通じて、技の変化や重心の移動などが身につくことが目指されています。

また剛柔流空手道の普及を図るために、「撃砕(ゲキサイ)第一」と「撃砕(ゲキサイ)第二」の形を創始し、合わせて十の開手形2を含む十二の形が存在します。彼は漢(中国)の書物や東洋文化に通じ、医学的な知識も豊富であり、それを基に空手道を近代的で科学的な視点から組織体系づけました。さらに、徒手体操3式の予備運動法や補助運動法を導入し、これらは修練上非常に合理的であり、重要性が高く評価されました。

影響力の拡大と伝統の継承

その後、宮城は多くの空手道場や組織を指導し、その功績は空手界に大きな影響を与えました。
彼の手によって生み出された「撃砕(ゲキサイ)」は各流派統一の型「普及形Ⅱ」として認定され、現在も多くの流派の道場で稽古されています。

宮城長順
宮城長順

遺産と永続する影響

1953年、宮城長順は生まれ故郷の那覇市壺屋で亡くなりましたが、彼の遺産は空手界において今もなお根強く残っています。彼は「人に打たれず、人打たず、事なきをもととするなり4という有名な格言を残していますが、空手を学ぶ人々に、人としての大事な道徳的な教えを伝えています。
彼の努力と成果は、現代の空手における基盤を築く上で欠かせないものとなっています。

  1. 『武備志』は、中国明代の天啓元年(1621年)に茅元儀によって編纂・刊行された兵法書です。この書は全240巻に及び、膨大な図譜が添付されています。 ↩︎
  2. 剛柔流で用いられる型の一つ。この型は攻防の要素が織り交ぜられ、適切な体の動きを示すために複数の技術が連結されています。剛柔流の型は大まかに「基本型」「開手型」「閉手型」に分類され、具体的な技術は流派や道場によって異なります。 ↩︎
  3. 器械・器具を使用しない素手で行う体操 ↩︎
  4. 参考記事:空手の哲学 其の二「人に打たれず 人打たず」 ↩︎

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