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空手の帯の色と段位  歴史と伝統に迫る

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帯色の起源 空手の起源と歴史
空手の帯色・段位の起源
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空手の帯の色について 色の種類

空手は日本の伝統的な武道の一つで、白い道着と色の違う帯を身につけて練習します。帯の色は、空手家の技術や経験を示すもので、一般的には白、黄、橙、緑、青、紫、茶、赤、黒の順に上達していきます。しかし、この色の順番や意味は流派や団体によって異なる場合があります。例えば、赤帯は一部の流派では最高位を表すものですが、他の流派では初心者や子供用の帯として使われることもあります。また、黒帯は最終段階ではなく、初段から十段まであります。このように、空手の帯の色は単純なものではなく、多様な歴史や文化を反映しています。

空手 帯の色の起源

船越義珍の帯の汚れ起源説

空手の帯の色がどのように決まったかについては、諸説ありますが、一つの説としては、創始者である空手道・松濤館流の船越義珍が白帯を使っていたことに由来すると言われています。船越義珍1は白帯を汚れるまで洗わずに使っていたという話がありますが、これは彼が空手を一生懸命に練習したことを示すものでした。その後、彼の弟子たちが彼に倣って白帯を使っていたところ、その色が変化していったということです。この説によると、白帯から黄色や茶色に変わり、最終的に黒くなったとされています。しかし、この説は伝承的なものであり、実際には船越義珍自身も黒帯を使っていたことが写真などで確認できます。

帯の進化 柔道から始まった空手の色帯制度

ご存じの通り柔道においては、段級位制度が採用されています。初めは数字の大きな級位から始まり、上達に従って数字の小さな級位となり、初段を越えると再び数字の大きな段位に進む仕組みです。黒帯は有段者が身に着けるものであり、これは嘉納治五郎が道着の白に映える色として黒を選んだ結果だと言われています。 

江戸時代には柔術が百以上の流派に分かれ、帯は上着を留めるため以外に使用されず、段級位の概念は存在していませんでした。1882年に嘉納治五郎が講道館柔道を創設すると、門下生が増加し、有段者が黒帯を締める慣習が始まりました。
色帯の導入は1906年に大日本武徳会柔術(柔道)部門が制定した規程によるもので、1914年には講道館で少年柔道で色帯が使用され、これが海外でも採用されました。
1922年、船越義珍が嘉納治五郎に招かれ、講道館で開催された体育展覧会で柔道の演武を行いました。この時、船越義珍は柔道の帯を模倣して稽古着を作り、これが空手道衣(帯)の起源とされています。

嘉納治五郎
嘉納治五郎(左)published by ベースボール・マガジン社, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由

まとめ

以上のように、空手の帯の色は歴史的な経緯や流派ごとの特徴を反映しています。空手家は自分の帯の色を誇りに思いながらも、それだけで満足せずに常に上達しようと努力することが大切です。また、他流他派の空手家の帯の色にも敬意を払いながらも、それだけで判断せずに技や心を見ることが大切です。空手の帯の色は、空手家の道を示す指針であり、空手家の心を表す象徴です。

  1. 参考記事:空手界を牽引したレジェンド 船越義珍(ふなこし ぎちん) ↩︎

  関連記事:「空手着の起源から、道着選びと洗い方まで徹底解説」

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